毎朝5時に起きる生活が当たり前になっていた
あのころの一日は、朝5時に起きるところから始まっていた。
子どもたちの弁当を作り、洗濯機を回し、ごみをまとめて捨てに行く。
まだ外は暗く、身体も頭も重かったけれど、そんなことを感じている暇もなかった。
離婚して間もなく、管理職に昇進
そんな日々の中で、会社では管理職を任された。
離婚して少し経ったころだった。
先輩や同僚だった人たちが、急に自分の部下になった。
うまく指示を出すこともできず、気を遣いすぎて仕事を抱え込んだ。
本当はキャパオーバーだと分かっていた。
それでも、「期待に応えなければ」と、自分をさらに追い込んだ。
家に帰れば夕飯を作り、翌日の準備をして、夜は仕事に関する勉強をする。
眠るためにはお酒に頼るしかなかった。
最初に現れた小さな違和感
体が重い朝が増えた。
それでも、手を動かせば弁当は作れたし、洗濯もできた。
「疲れているだけだ」と自分に言い聞かせながら。
会社に向かう道すがら、胸が締めつけられるような感覚に襲われることが増えた。
何をしても、心が動かない。
それでも、「大丈夫」と思いたかった。
病院へ行くまでの葛藤
「このままじゃ壊れるかもしれない」
そんな予感は、薄々感じていた。
それでも、なかなか病院に行こうとは思えなかった。
「まだ働けている」「まだ家事もできている」──
だから大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。
でも、心のどこかで思い出していた。
元妻がうつ病になったときのことを。
家事も、育児も、仕事も、最初は頑張ってこなしていた。
それが、ある日突然、立ち上がれなくなった。
「大丈夫」と言い続けていたあのとき、もっと早く助けを求めていれば。
そんな後悔を、胸の奥に抱えていた。
自分も、同じ道をたどっている気がした。
「大丈夫なうちに、動かないと手遅れになるかもしれない」
そう思って、病院に電話をかけた。
手は震えなかった。
ただ、心の中で、自分の限界を静かに認めた瞬間だった。
それでも、生活は続かなかった
薬を飲みながら、会社に行き、家事をこなし、子どもたちを育てる。
無理を重ねながら、なんとか日々を回していた。
だけど、その生活は、そう長くは続かなかった。
心も体も、限界が近づいていることは、自分でもうすうすわかっていた。
会社では、薬を処方されたことを上司に正直に伝えた。
隠すことが、余計に苦しかったからだ。
上司は驚きながらも、心配してくれた。
仕事の負担を減らそうと気を遣ってくれたり、声をかけてくれたりした。
本来なら、ありがたいことだった。
でも──
その優しさが、当時の自分には怖かった。
「大丈夫です」と笑わなければいけない気がした。
「心配をかけている自分」が、情けなくて仕方なかった。
昇進して、管理職になったばかりだった。
「弱さを見せたら、もう戻れない」
そんな焦りと不安が、胸の中で膨れ上がった。
結局、気を張り続けることに疲れ果て、
私は、職場に居続けることができなくなった。
診断と、その後の選択
病院では、症状についてゆっくり話した。
医師は私の話をじっと聞き、そして静かに言った。
「すごく頑張っていますね。……私なら、できないと思います。」
誰にも認められなかった自分の頑張りを、
初めて肯定された気がして、胸が熱くなった。
続けて、医師は提案した。
「もしできるなら、休んだほうがいいです。
ただ、経済的な事情もありますから……どうしますか?」
選択を迫られた。
頭ではわかっていた。
今すぐ休まないと、いずれ本当に壊れてしまうと。
でも、離婚して、子どもたちと暮らしている。
生活を止めるわけにはいかなかった。
私は、薬を処方してもらい、そのままの生活を続ける道を選んだ。
薬を飲みながら働き続けた。
家に帰れば家事をして、夜になれば、またお酒を飲んだ。
薬を飲んでいるのに、飲酒はダメだとわかっていた。
それでも、やめられなかった。
眠りたかった。
何も考えずに、少しでも心を麻痺させたかった。
だから、飲んだ。
自己嫌悪に陥りながら、それでもやめることはできなかった。
そんな毎日を、ただ、なんとか乗り越えていた。
今だから言えること
あのころの自分を、今でもふと思い出す。
よく頑張っていたと思う。
でも、もう少し、誰かに頼ってもよかったとも思う。
もう少し、自分を許してもよかったとも思う。
それでも、あのときの自分には、頼れる場所がなかった。
私の親も離婚していて、しかも病気を抱えているため、身内に助けを求めることはできなかった。
しかも、住んでいるのは妻の地元。
自分の友達も、気軽に頼れる人も、誰一人いなかった。
ただ、子どもたちを守るために、必死だった。
それしかなかった。
薬を飲みながら働き続けたことも、
お酒に頼ったことも、
優しさに怖さを感じてしまったことも、
全部、本気で生きようとした結果だった。
今は、あのころの自分にこう言いたい。
──あれでよかった。
──よく生きてきた。
完璧じゃなくてもいい。
誰かに迷惑をかけてもいい。
孤独でも、不器用でも、
それでも、生きることをあきらめなかった自分を、
これからは少しずつ、認めていこうと思う。
あの日々を無駄にしないためにも。
そして、これからの自分のためにも。
※このときの離婚については、また別の記事で書こうと思います。